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奥津城まで

所謂日記だ。ブログには何度もトライしては挫折してきた。出来ることなら長く続けたいと思い、上のようなブログ名にした所存。

文章をかくことについて——文芸同人の外部合評会を終えて

気が付いたら、如月ももう半分が過ぎようとしている。

先月の末に流感に罹って、一週間程豪い目を見たりしていたら、何事もすることもなく、また、折角お誘い頂いた約束も 反故にせざるを得なくなり、何時も以上に無為に過ごしたここ数週となった。新しい「プリキュア」も始まってしまったと云うのに、碌でもない為体である。

ブログも、もっとコンスタントに書く書くと、常に宣言しているのとは裏腹に、結局先月は一つしか記事を書いていない。本来なら、読んだ本の感想とか、観た映画の雑感とか、テーマを絞って書けばよかろうものの、また今回も、近況報告めいた放言でお茶を濁すことになりそうだ。まァ、自分の為にやっていると思って大目に見て下さい。

 

近況と云えば、先日また関西に行く機会があった。そちらでやっている文芸同人に所属させて頂いており、毎年一冊同人誌を出すのだが、今回も執筆者として拙作を載せて貰い、その外部合評会が開かれた為だ。

具体的に同人名や、同人誌の名はここでは明らかにしないが、小説を書く習慣を身に付けられればと思ったのが、参加し、今日までお世話になっている動機の一つである。

しかし、年に一冊こうして同人誌が出、出来の巧拙に係わらずそれなりの体裁のものは、掲載して頂けることに、逆に慣れて、若しくは狎れてしまっている感がどうも個人的には、ある。

本来なら、毎日数頁でもコンスタントに、正にこのブログでやろうとしているように、書き続け、複数の小説を書き上げ、技量の上達を図ることが目的である筈なのに、年に一回発表出来る場があるからと、余り良くない意味で頼ってしまっている自分がいるような気がするのだ。それは非常にパッシヴなことで、創作と云う孤独と積極性を方法とする分野には、そぐわないのではあるまいか。

——と云うようなことを、今回の外部合評会で、個人的に感じた。それを反省として、ブログも、創作も、兎にも角にも文章を一定量書き、そして完成させることを更に習慣付け、同時に、それをより良く出来るよう、方法的に行って行きたい。

自己のやり方に内省的に触れるのは、凄く恥ずかしいことであるのだけれども、それもまた、自分が一つの作品を創作しなければ出来ないことである。ブログにしろ小説にしろ、文章を書くこと、言葉による創作、自分にとって常に模索だ。

 

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