奥津城まで

所謂日記だ。ブログには何度もトライしては挫折してきた。出来ることなら長く続けたいと思い、上のようなブログ名にした所存。

主体なき人生にうってつけの毎日

昨日はまたブログの更新を忘れてしまった。忘れたと云うのは、ダラダラと横になっていたらそのまま眠ってしまったと云うことだ。

仕事では特段のことがあった訳ではなさそうと思っていたが、非常に神経を使うようなイレギュラーな業務があった。場所によっては日常茶飯事なのだろうけれども、自分のような怠惰で普段から面倒臭い事柄から逃げている者にとっては、いざそれに臨まねばならぬとなると大変難儀する。トータルで見たら大した勤務内容でもなかったのだが、それも眠ってしまった原因だろうか。

 

注文した「イニストラード:真紅の契り」のプレリリースパックが届く。プレリリースパックを開封するのは、先週地元のカードショップで購入したものと合わせると今回が二度目。そこそこ前評判のあるカードも出た。早くイヴェントに参加したいが、正直コロナ禍がまだ心配だ。最後にイヴェントに出たのは、約一年前、「統率者レジェンズ」のプレリリースだった。今冬が明けるまでは様子見だろう。それまで、MTGアリーナをプレイし、カード収集に勤しみたい。

 

これまた注文しておいた『フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人』を購入。リアルタイムで読んだ覚えは無いが、十何年前に文庫で読んだのだったろうか。最初は笹井一個のイラストではなく、もっと実写をコラージュしたようなカヴァーだった。舞城王太郎のように純文学方面に進んだ現代のポジションを狙ってのことか。しかしながら、2018年に笹井一個が物故されてしまわれたことは、驚きであり悲しかった。

まだ端緒を読み始めただけだが、キャラクターの狂気性やストーリーの残虐性など、もっと描写を具体的にすれば、これはメフィスト賞系列というよりは、今では平山夢明などの系譜にも連なるもののように感じた。尤も、最後まで読めば全く違うものだと思うのかもしれないが。君は自分の人生においてさえ、主人公でも主体的存在でも無いと云うユヤタンの作品に一貫しているテーマは、おれ結構好きさ。

 

昨日のことを思い出しながら書いてみたが、もう内容が尽きた。今月はドストエフスキーを始めとした色々な人の誕生日で、そして瀬戸内寂聴を始め色々な人の命日が多い月だと思うが、しかし毎日誰かが産まれ、誰かが亡くなっているのだから特別では無い。毎日に特別な日なんかないのかもしれない。この味がいいねと云われても、人生の転機があったとしても、記念日なんて本当は無いのかも知れないのだ。

そんな一日の記録。