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奥津城まで

所謂日記だ。ブログには何度もトライしては挫折してきた。出来ることなら長く続けたいと思い、上のようなブログ名にした所存。

もう直ぐ10月——後インプットについて

と云う訳で、9月ももう直ぐ終わってしまう。実は、もう終わっていると半ば思っていたのは内緒だ。

大体9月も末になると、数年前に遭った碌でもないことを思い出すので、余り今何時だっけとか、努めて考えないようにしているのだが……。

 

毎秋恒例と云うか、Appleの新作発表会があり、自分も多くの(?)方々と同じくMacBookの新作 ——具体的には、MacBook Airの新作——を期待した訳だが、触れらりたりはしなかったようだ。

まァ、ドル箱がiPhoneだから、仕方ないというものだろうが、MacBookを買い換えるなら、最近出た新作をと常々思っている身からしたら寂しい。もう三年も音沙汰なしかと思う。

しかしながら、iPhoneも買い換えて二年が経つので、次は「7」にすると云うのも一つの手だが。

 

話題は変わるが、夏休み前でなくとも、計画を立てるのだけは何時も愉しいものだ。それは読書計画も然りである。だが、いざ、それを実行する段になると、その計画通りには往々にしてゆかない。テキストエディタに、チェックボックス付きで、読みたい本を優先順に列記してゆくこと程、悦に入ることはない。読む気もあるし、読んだら面白いことは判っている。だが、不思議と、その通りにゆくことは少ない、と云うか、ない。

大体、「いざ、読む」と云うような、気張ったことは、殊読書に関してはしない。気が付いたら、何か読んでいる。読む行為にシームレスに移行しているものだ。そもそも、人に「貴方、息していますか?」と訊く者があったら、大方奇異に感じるだろう。読書もまたそんな感じだ。詰まり、レヴェルとして呼吸と一緒なのである。

 

しかし、例えば映画やテレヴィドラマとなると、若干違う。それは毎週観ているようなテレヴィアニメ等でもそうだ。あれには一寸した心構えが必要だ。一種の非日常へと入り込むと云う覚悟のようなものだ。気持ちやテンションを、そっちへと持っていかねばならない。だが、テレヴィや映画の方が受動的である。こちらか積極的に頁を捲らなくとも、情報は向こうの方から視覚を通じて飛び込んで来てくれる。そうした意味では、一度気持ちが乗ってしまうと楽かも知れない。

 

因みに、最近読んだ本、見た映画等は以下の通り。感想はまた今度。そう云えば、アウトプットの方が、インプットに較べずっと難しい。勿論、インプットもそれ相応の難しさがあるのだが。

 

最近読んだ本↓

最近観た映画↓

最近聴いた音楽↓

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