奥津城まで

所謂日記だ。ブログには何度もトライしては挫折してきた。出来ることなら長く続けたいと思い、上のようなブログ名にした所存。

開戦とジョンとドストエフスキー

八十年前の今日は、日本軍がイギリス領マレー半島に上陸した後、アメリカ領ハワイの真珠湾を攻撃した日だ。また、ジョン・レノンの命日でもある。

 

昨日からずっと雨が降り続き、在住道府県の一部では雪になっている所もあるのだとか。ますます師走の陽気に相応しい。ここまで雨が続くのは珍しいが、何だかじっとりと重たげな雲が空を蔽っていたり、薄ぼんやりと霞がかったような景色だったりすると冬なのだと感じる。後、寒くなると。

もう日暮れ自体も早く、帰途はすっかり暗い。田舎なので国道を外れると街灯すら少ない。本当に気をつけて運転しないと、またライトなどを振って自己主張しながら歩かないと非常に危険だ。冬はずっと交通安全運動期間にした方が良い。

 

週末には読書会を控えているが、まだ課題図書が読めていないような為体だ。本を読む時は、何冊も一気呵成に読んでしまうのだが、一度読まなく期間に入るととろとろとしか進まない。本当はもっと日頃からコンスタントに、平均的な量のテキストを読むべきなのだろうけれども、自分の気分というものは、誠厄介なものだ。「気合」という言葉は嫌いだったが、「気合」の定義を「脳が心を支配していること」とされているのを何処かで見て、そういうことならば「気合」もそう悪い言葉ではなく、寧ろもっと訓練して身に付けるべき状態、または術ではないかと考えを改めている。訓練というと軍隊めいて忌避されるのなら、習慣づけと云っても良い。

 

まあ、それでも世の中は大変で、色々動いているようでいて、停滞しているようでもあり、後退しているようでもある。過ぎるのは時間ばかりであり、自分が老けているのだけは、日々の肉体の変化で感じる。それは決して愉快なことばかりではないが、自然なことなので受け入れていくしかない。時間を止める術を人類は持たない。凡そこの地球上で暮らしている限りにおいては。せめて、お願い、愛に時間を。

 

と、また抽象的なことを書いてお茶を濁す訳だが、今年はまたドストエフスキー生誕200年ということで、『現代思想』誌がドストエフスキー特集を大々的に行なっている。ヴォリュームも沢山で、本自体も厚く、そしてお値段も高い。注目なのは外国人研究者の文章が多く翻訳されていることだ。その内容の巧拙はおくとして、また国別の割合も問わないとして、海外で件の帝政ロシア時代の作家が如何様に読まれているのかを知られるのは興味深い。日本の寄稿者だけでもかなりの人数で、久し振りに力を入れているね青土社

 

やること山積だが、緊急性に乏しい所為か手も足も動かない。元より動かせる頭もない。そして落ちもない日記だが、そういえば最近前の記事とは違う同人誌を出した。正確にはそこに拙稿を載せて貰った。ネット通販とかしていないので、アクセス手段が自分にも判らないが、見つけたら是非買って読んでください。